やさしいひと(笑)で、いいんですか?
- Tomoya Abe
- 7月16日
- 読了時間: 4分

まず、タイトルにある「やさしいひと(笑)」について説明しておきたい。
少し言い方が悪かったかもしれない。ここでいう「やさしいひと(笑)」とは、俗にいう“都合のいい人”に近い。
気前がよすぎて、自分ばかり損をする人。自分の長所を無償でばらまき、ありがたがられるどころか、なぜか不気味がられる人。
優しいというより、頼りない。穏やかというより、主張がない。謙虚というより、自分の価値を自分で安売りしている。
あまりに残酷な現代社会において、そうした性格は美徳ではなく、異物として扱われることがある。
「優しい人が好き」
異性から、そんな言葉を聞いたことがあるだろうか。
しかし、そこで求められているのは、誰にでも等しく注がれる無償の優しさではない。
自分の気持ちを理解してくれること。必要なときに支えてくれること。自分だけを少し特別に扱ってくれること。
つまり、相手のニーズを満たす“頼りがいのある優しさ”である。
残念ながら、何も主張せず、誰にでも譲り、自分を削り続ける「やさしいひと(笑)」とは別物だ。
では、そこから抜け出すためにはどうすればいいのか。
いくつか、裏技らしきものを紹介したい。
まず一つ目。
社会的に、あるいは肉体的に強くなること。
頼りがいのある人が差し出す善意と、甲斐性のない人が差し出す善意。
たとえ行動そのものは同じでも、受け取られ方はまるで違う。
余裕のある人が譲れば、寛大に見える。何も持たない人が譲れば、最初から欲しがっていないことにされる。
強い人が穏やかでいれば、包容力と呼ばれる。弱い人が黙っていれば、意見がないと思われる。
不公平だが、おそらくこれが現実だ。
優しい気持ちを持ち続けることは大切だ。しかし、その善意を善意として届けるためには、自分自身の価値を高める必要がある。
善意だけを磨いても、それを差し出す本人が空洞のままでは、誰にも届かない。
二つ目。
環境を選び、必要ならリセットすること。
人間の価値は、所属する場所によって驚くほど簡単に変わる。
ある場所では欠点とされた性格が、別の場所では長所になる。
ある集団では無視された能力が、環境を変えただけで重宝されることもある。
もちろん、職場や学校はブラックボックスだ。外から眺めているだけでは、そこが自分に合っているか分からない。
だから、入ってみて違ったのなら、離れてもいい。
転職、異動、部署変更。
所属するコミュニティや、付き合う相手を変えること。
逃げたと思われるかもしれない。だが、自分を雑に扱う場所に居残り続けることが、必ずしも勇敢とは限らない。
環境を変えることは敗北ではない。
自分の価値が正しく換算される場所を探すための、リセット・アクションだ。
そして三つ目。
他者の視点から、自分を見る力を身につけること。
これは、おそらく最も難しい。
自分では親切のつもりでも、相手には重く見えているかもしれない。
謙虚に振る舞っているつもりでも、頼りなく映っているかもしれない。
距離を尊重しているつもりでも、単に関心がないと思われているかもしれない。
大切なのは、自分が何をしたかだけではない。
相手にどう届いたかまで想像することだ。
他者の視点を知る力は、ときに攻撃にも使える。
相手が何を恐れ、どこを突かれたくないのか。
どんな態度を取れば、こちらを軽く扱えなくなるのか。
使い方次第では、優しさとは反対の武器にもなる。
だが同時に、本当に大切にしたい人を満たすためにも欠かせない。
相手の見ている景色を想像できなければ、こちらの善意は、いつまでも独りよがりな贈り物のままだ。
この力は、簡単には身につかない。
人を観察し、失敗し、ときには嫌われながら、少しずつ学んでいくしかない。
自分を守るために、あえて弱そうに振る舞うこともできる。
武器を捨て、牙を隠し、何でも笑って受け入れる。謙虚さを過剰にアピールして、誰の脅威にもならない人間を演じる。
おそらく、人はその態度に安心する。
表面上は穏やかな関係が続き、露骨に嫌われることも減るだろう。
しかし、その関係はどこか退屈だ。
互いに核心を隠し、うわべだけの言葉を交換する。嫌われない代わりに、深く好かれることもない。
傷つけられない代わりに、誰にも見つけてもらえない。
「やさしいひと(笑)」とは、性格ではないのかもしれない。
本当の自分を出したら拒絶されると考え、先回りして小さくなった結果なのかもしれない。
ならば、捨てるべきなのは優しさではない。
優しさと引き換えに、自分を消す癖だ。
強くなったうえで、優しくする。自分の意見を持ったうえで、相手を尊重する。
必要とされるためではなく、自分で選んで手を差し出す。
いきなり別人になる必要はない。
まずは一度だけ、譲らない。
一度だけ、断る。
一度だけ、自分から前へ出る。
牙まで抜いて、やっと愛されるくらいなら。
少しくらい扱いづらい人間として、生きてみてもいい。



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