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カレーをスパイスから作る男

  • 執筆者の写真: Tomoya Abe
    Tomoya Abe
  • 7月16日
  • 読了時間: 2分

中目黒の居酒屋で 彼はだいたい端の席にいる 黒いシャツ 細いシルバーリング 少し伸びた髪 頼んでもいないのに オレンジワインの説明をする 「市販のルーって、重くない?」 その一言で 暮らしに思想がある男を演出し クミンとコリアンダーの違いを 女の警戒心より先に嗅ぎ分ける 週末はカレーを スパイスから作るらしい 玉ねぎを飴色にする忍耐はあるのに ひとりの女と向き合う時間はない 「俺、束縛とか苦手なんだよね」 まだ誰も縛っていないうちから 自由を人質に取る 二軒目は 照明の暗いバー 恋愛観を聞くふりで 過去の傷を探り 弱さが見えたら 自分も少しだけ孤独だったことにする 不幸は小出しに 誠実さは匂わせ程度に 酔いが回った頃 彼は決して 「家に来ない?」 とは言わない 「うち、この近くだよ」 「もう一杯だけ飲む?」 帰る理由を奪わずに 帰らない理由だけを そっと差し出す そうして連れていかれた部屋には 名前のわからない植物 読んだ形跡のない洋書 床に置かれたレコード 灰の溜まった香炉 安いマットレス サンダルウッドの煙が 前の女の香水と 次の女への言い訳を きれいに混ぜている 冷蔵庫には 作り置きのカレー 鍋の中でだけ いくつものスパイスが ひとつになる 彼は翌朝 コーヒーを豆から挽きながら言う 「こういう関係に 名前つけるの、ダサくない?」 女が帰ったあと 洗われたグラスは一つ 脱いだ服はそのまま スマホには 昨夜と同じ文面を送れる女が あと三人 きっと今日も カルダモンを潰す丁寧な指で 誰かの期待を 雑に摘み取る 偏見だけど カレーをスパイスから作る男は 愛まで複雑に煮込んだ顔をして 実際にはいつも 都合のいいところだけ 弱火にしている。

 
 
 

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